成と艶の北海道道中記

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カテゴリ:旧白糠線 探訪( 16 )


2009年 07月 21日

白糠線探訪 その14

昨日は本題を前に閉じてしまったので続きをアップします。
何回も二股には来ているのですが、今まで北進駅跡は見つかっていませんでした。
今回、学校の下の茶路川との間にあったとの記事があったのを頼りに探してみることに。
国道を右股方向に曲がって、校庭がなくなる辺り、左手にKDDIの携帯の中継塔があって、
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こんな感じ。道路右手にこの看板あり。
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この看板のところの取り付け道路をはいって、林の下り坂を下って行きます。
確かに鉄路の跡がありました。
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駅があったと思われる辺りの敷き砂利の跡。
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白糠方向を見ています。片土手となっています。右手林の上に学校の校庭があります。左手の林に沿って車のわだちの跡が伸びています。茶路川に釣りに来ている方が使っているのでしょう。しかしここがかつての線路跡だと分かっているでしょうか?
この先に第23茶路川橋りょうがあるはずなのですが、小雨が降っていてあちこちにたくさん水溜りがありました。私の車でこの先行くのは自信がありませんでした。
そして、こちらが終点方向です。
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こちらは両側を切り割って進んでいます。この後、終点を探してみました。
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前掲の中継塔を少し行くとこの看板が見えてきます。
道路は左カーブの下り坂となっています。道路左側にガードロープが張られていて、その終わりに取り付け道路があって急な坂の直線道路を下っていくと、終点地点にたどり着きます。
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終点から北進駅方向を見ています。両切り割りになっている土手の上に用地界のポールがあり、水平部の中心にも1本建てられています。
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行き止まりに立つこのポールが、ここまでで白糠線の建設が終わったことを物語っています。
ポールの先の林の向こうからは、茶路川の川音が聞こえてきます。次の鉄橋が架けられて延伸することになっていたのでしょう。

これで今回の白糠線の旅は終了ですが、茶路川に架かる23の橋りょうのすべてが今も残っているとのことですが、いくつかを確認することが出来ませんでした。
20余年が経過した現在では、残念ながら大半の駅の跡はそれを特定できるものがありませんでした。
しかし、ほぼ全線の線路跡が残っている廃線は少ないと思います。機会がありましたらゆっくりともう一度訪れてみたいと思います。
茶路川橋りょうのすべてが残っている間に・・・・・・・・。
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by naru-tsuu | 2009-07-21 00:30 | 旧白糠線 探訪
2009年 07月 20日

白糠線探訪 その13

少々時間がかかってしまいましたが、運行終点の北進駅の所在地上茶路二股地区に到着です。
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ここから大きく2つの沢に分かれていくことから、二股という地名となったのでしょう。右股はここで右折して行くのですが、、この写真の正面を左寄りに進んでいく感じです。足寄町上螺湾地区へと道道143号北見白糠線として工事が進められていましたが、北海道の事業見直しにより中止されています。
また本別と書かれた左股方向は国道274と国道392の重複区間で1982年国道昇格以前は道道白糠本別線でした。左股より釧勝峠を超えて浦幌町川上地区、本別町へと続いています。今では想像も出来ませんがかつてはこの左股地区にも学校があった時期がありました。
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昭和45年上茶路炭鉱が閉山となってこの地域全体が純農村地帯となってからは、二股地区が地域の中心となって学校もここに集約されていたことが伺えます。
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これが現在の北進小中学校跡地です。
数年前までは写真左手に校舎と体育館がありましたが現在は取り壊されてしまい、閉校記念に校舎前に作られたタイムカプセルだけが残されています。
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来年秋にこのタイムカプセルは開けられるのでしょうか。思いのたけをこれに詰め込んだ人たちにとって埋設から10年はどんな歴史となるのでしょう?

時間が遅くなってしまいましたので北進駅は明日に譲ります。ごめんなさい。
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by naru-tsuu | 2009-07-20 00:11 | 旧白糠線 探訪
2009年 07月 15日

白糠線探訪 その12

すっかりご無沙汰なテーマになっていますが、再開します。
後2回くらいで最終回となります。また怠けてしまってはいけないので、一気に片付けたいですね。
前回は第19茶路川橋りょうまででした。その脇の国道美恵橋をわったた辺りが下北進駅があった辺り?だろうと思われます。
ここから国道脇を進む白糠線は山側を切り通して再度国道を横切って、道道本別白糠線架道橋を渡ります。
そして、続くように第20茶路川橋りょうで茶路川を渡ります。
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白糠線では第10橋りょうとここが国道と架道交差しています。
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こちらは第20茶路川橋りょう上。北進駅側から白糠側を望む。
北進駅へはあとわずか、国道から見える最後の橋りょう。
第22茶路川橋りょう。
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この坂を登りきると、いよいよファイナル二股地区です。
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by naru-tsuu | 2009-07-15 15:23 | 旧白糠線 探訪
2008年 09月 28日

白糠線探訪 その11

今回を含めて後2回ほどのアップで白糠線の旅も終了となりそうですが更新が遅れています。お許し下さい。
今回は上茶路の市街を後に新設国道で北上します。少し進むと第13茶路川橋りょうが道路下の茶路川を横断しています。(第12茶路川橋りょうは山陰になって国道から確認できませんでした。)
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崖にシートがかけられている向こうを、旧国道が走っていました。
現在は行き止まり道路になっています。
ここから少し進んだところの国道から見た橋りょう。
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川原へ降りていくことができたので、そちらからアングルも。
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おすすめすることはできませんが、この橋りょうのも今も車で渡ることができます。
うっすらと見える第14茶路川橋りょうを横目に進むと旧道への通行止めゲイトがありました。ここからしばらくは国道から茶路川を確認することができません。この間に15~18橋りょうがあるはずですが今回は見ることができませんでした。
国道を北進して下り坂に向い左手に第19茶路川橋りょうが見えてきました。
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この橋りょうを横目にながめながら、美恵橋を渡りました。この付近に、下北進駅が在ったのでは?と思います。
次回はいよいよ北進駅へと向います。今日はここまでとします。 
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by naru-tsuu | 2008-09-28 09:57 | 旧白糠線 探訪
2008年 09月 02日

小清水原生花園へ

今週の休み(31日)、少しの時間ができたので、久方のドライブ。
デュアルモービルが見られればと、網走小清水へと出かけて見ましたが、残念ながら運行をしていませんでした。
原生花園もそのシーズンを終えようとしていて花の時期を過ぎていました。
現在の風景。
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花の盛りを終えたハマナスの様子。
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そして、こちらはべりー
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僅かに咲いている花のひとつ。
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by naru-tsuu | 2008-09-02 21:59 | 旧白糠線 探訪
2008年 08月 31日

白糠線探訪 その10

少し寄り道に時間を費やしすぎてしまいました。今日は上茶路駅から北上を始めたいと思います。
上茶路駅構内から第11茶路川橋りょうまでの間は、現在もレールが敷かれたままになっています。現在は、上茶路市街のはずれで、災害回避のために新しく迂回新設された国道に分断されていますが、気を付けて見ると国道からも見ることもできますよ。
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この写真は国道から上茶路駅方面を見ています。
下の写真は第11茶路川橋りょう方向を見ています。
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そして線路の上の橋が、道道665号の上茶路跨線橋です。
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新設国道のちょっと奥にあるので分かりづらいかもしれません。この跨線橋から見る第11茶路川橋りょう
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白糠線に並行する新設国道の保静橋(新設橋)から見る第11茶路川橋りょう。
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橋りょうの向こうの山が切り土法面となっているところを、以前は国道が走っていました。
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by naru-tsuu | 2008-08-31 10:08 | 旧白糠線 探訪
2008年 08月 28日

白糠線探訪 その9

内容的に昨日全部をアップできませんでしたが、今日で上茶路を抜けて行きたいと思っています。
現在の上茶路市街はかつては市街地があったという名残はありますが、10本の指に収まるほどの民家だけになってしまいすっかり寂れてしまっています。しかし、そんな中昨日紹介した青少年旅行村が新しい方向を目指して頑張っています。白糠線が廃線になってからはこの旅行村も来場者が激減する中で、町は上茶路駅周辺の国鉄用地の払い下げを受け旅行村の拡充がを図ったようですが思うようには行かず最近は荒れ放題に近かったようです。H16年より、アウトドアガイドの横田宜伯氏が入居されて現在の上茶路キャンプ場の再整備が始められているようです。
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利用される方はここで必ず受付を。国道脇にあるのですぐに分かります。
現在の用地は、茶路川と国道に挟まれた鉄道用地と炭鉱住宅跡地の広大な敷地ですが、ほとんどが林となり自然へと帰ってきています。自然がいっぱいの中で、ツリーハウスやカヌー体験など自然体感がすべてのキャンプ場として頑張っています。
7月に横田さんにお話を伺った時には、6月頃からたくさんの利用申し込みが来ているとのことです。
旅行村の案内は、”こちらをクリックして!
上茶路には1070(S45)年閉山するまで炭鉱がありました。色々探したのですが何処にあったかは詳しい資料がありませんでした。
ただ、道道665号上茶路上茶路停車場線の起点が元上茶路炭鉱、終点が上茶路駅として1969年6月認定されています。道道の全長は約7.3kとされています。上茶路市街を二股方面に北上したはずれで左折して茶路川を渡った白音林道方向となっています。
道道665号の写真資料がありましたので、”こちらから”リンクしています。
今日はここまでとして、次回は鉄路に戻って上茶路駅から北上していきたいと思います。
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by naru-tsuu | 2008-08-28 15:36 | 旧白糠線 探訪
2008年 08月 27日

白糠線探訪 その8

更新が遅れてしまいましたが、上茶路駅周辺の2回目です。
白糠より国道を北上し、上茶路手前の第10茶路川橋りょうをくぐって右にカーブすると茶路川に架かる人の名前が付いた橋「松五郎橋」。ここが上茶路市街の入口この橋を渡ったところに踏み切りががあったのでしょう左手へと線路の跡。
国道を折れて左に進むと
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上茶路駅は,廃線後も駅舎や駅周辺の線路も含めて長くそのまま保存されていました。それは、1970(S45)年上茶路炭鉱閉山後の跡地の炭鉱住宅10棟20戸をバンガローととして利活用しての、『白糠町上茶路青少年旅行村』が1976年開設され、翌年にはレストハウスも雇用促進事業団より建築されて、毎年10000人以上の利用者で賑わっていたようです。しかし、白糠線の廃線後は来場者も減少する中、駅舎周辺も旅行村にタイアップさせて体験型の軌道自転車やトロッコ遊びができる施設として残されたようです。
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当時の名残の軌道自転車がそのまま放置されていました。
上茶路駅舎は1983年に廃駅になった後も残されていましたが2004年以降に解体されて、現在はその面影もなく、駅舎周辺は駅前広場を含め”草木深し!!””の状況です。
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この写真は、白糠側を見ているので、右手が3番ホームで貨物ホームのはず。左手が1番ホーム。白っぽく見える部分が駅舎跡か?
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ここに現在残されている駅名板。国鉄時代のものといわれていますがこれは後で作成されたものです。当時の国鉄の仕様と違うことにお気付きの方もあるでしょう。
これを今日のクイズとして、続きは明日以降にします。
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by naru-tsuu | 2008-08-27 15:56 | 旧白糠線 探訪
2008年 08月 17日

白糠線探訪 その7

上茶路駅周辺を今回はアップしてみようと思います。残念ながら本日は、能書きのみですが、お許し下さい。
上茶路駅は、白糠線の最初の部分開通部分の終着駅として、1964(S39)10月7日開業である。歴史的に言うと、3日後の10日は東京オリンピック雄の開会式であった。
上茶路までの開業が急がれたのは、別炭鉱上茶路鉱から産出される石炭の運搬が大きな目的であったようだ。駅周辺は炭住街となって賑わいがあったようだ。
白糠線は以前も書いたかもしれないが、池北線足寄駅までの計画線であったため、引き続いて延長工事がなされていました。1970年には二股までの工事が終了していましたがこの年には、雄別炭鉱が全山閉山を決め、上茶路鉱も閉山となります。また時期を同じくして国鉄のローカル赤字線対策も始められ、白糠線の延長開業も国鉄の引き受け拒否となります。
1972年、政治決着という形で上茶路ー北進(二股)間が開業します。しかし、延伸工事は凍結となり、交通事情の変化もあいまって白糠線は斜陽路線の運命を背負っての営業が続きます。
1974年3月31日荷物取り扱い廃止。駅無人化となる。1978年10月1日貨物取り扱い廃止。荷物と貨物の違いが皆さんには分かりますか?
そして、1981年9月18日、前年の国鉄再建法を受けて、第1次特定地方交通線に指定され、廃線となることが確定した。
1963年10月23日、白糠線は廃止となり、上茶路駅も廃駅となる
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by naru-tsuu | 2008-08-17 18:30 | 旧白糠線 探訪
2008年 08月 16日

白糠線探訪 その6

前回は上茶路駅までの途中、縫別トンネルまでのアップとなってしまいました。最近はグーグルの地図をもっぱら利用していたのですが茶路川流域の詳しい地図がなかなか見つからなくてを探していたのですが、どうにか使えるものを探して白糠線跡を落とすことが出来ました。これによってようやく、茶路川の23の橋りょうの位置を確定することが出来ました。遅れた口実はこれくらいにして今日は続きをアップしていきたいと思います。縫別トンネルを抜けて次に向うのは、第7茶路川橋りょうです。
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現在ここは新しい道路が高い盛土によって作られていて、鉄路は橋りょうの端のところで分断されています。国道からすぐの茶路川に架けられた観渓橋から写しています。
こちらは上流側第8橋りょうへと続く風景。
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中央の草むらが線路跡。小さな小屋は保線用の作業小屋のようです。白糠線で現在残っている数少ない建物です。山肌に覆われているブルーのシートは、高速道の法面掘削現場です。
そして、国道から見る第8茶路川橋りょう
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ここから僅かに上流で茶路川、国道を横断した高速道はこの辺りは国道と並走し大曲トンネルを抜け縫別で白糠ICとなります。高速道国道392橋、茶路川橋の以前の記事はこちらから。
国道千代橋から見る第9茶路川橋りょう
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背景に見える橋脚は、高速道茶路川橋のものです。
いよいよ上茶路駅に向かう最後の橋りょうは国道と茶路川をいっきに渡る第10茶路川橋りょうです。
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この橋をわったて左に大きく弧を描いて上茶路駅へと進みます。
次回は上茶路駅周辺をアップしたいと思います。
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by naru-tsuu | 2008-08-16 17:55 | 旧白糠線 探訪