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成と艶の北海道道中記

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2006年 01月 10日

銀河線 小利別駅

十勝側最後の駅となる陸別町小利別駅。かつての賑わいが嘘の様に寂れてしまい、新しい建物は駅舎とつながる集会所と郵便局。朽ちかけた家屋が並び人の住んでいるような家もまばらです。
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とんがり帽子の部分が駅舎です。繫がって立派な集会所がありました。
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ここからは置戸町へ池北峠を越える国道242号と訓子府町へ抜ける道道北見白糠線があり、北見白糠線の峠には日産自動車の広大なテストコースがあります。耐寒テストには最適地ですが、きっと大変でしょうね。
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雪のたたずまいを追加しました。

ここの駅にも地域についての張り紙がありました。
銀河線 小利別駅_e0024478_14211123.jpg

                  読んでみたい方はmoreをクリックしてください。



これは前のページの張り紙をコピーしたものです。参考にしてください。
小利別駅について
※網走線と小利別駅データ
 1907年(明治40)網走線池田~網走間建設工事着工。
 1910年(明治43)網走線池田~淕別(現・陸別)闇77.4km開業。
 1911年(明治44)9月25日 網走線淕別~野付牛(現・北見)闇62.6km開業
                    同時に「小利別駅」開業。
 1912年(大正元)10月 5日 網走線が網走まで全線開通・線名を「網走本線」とする。
 1966年(昭和36) 4月 1日 網走本線池田~北見間を「池北線」と改称。
 1989年(平成元年)6月 4日 第3セクター鉄道「ふるさと銀河線」開業。

※小利別駅の歴史
  官設鉄道「網走線」は、道央圏と網走地方を結ぶ重要な鉄道として、明治40年に池田側から着 エされました。陸別までは平坦な地形が多<、工事も順調に進みましたが、陸別~置戸間は人跡未踏の密林地帯で、道路もな<難工事が続き、衛生状態も悪<マラリアが流行し、死者や重病人が続出、その状況に困り果てた請負人は宿舎に自前で病院を設置、医師を雇い病人の治療をさせたと伝えられています。
   また、小利別~置戸間の旧釧北峠付近の施工にあたっては、工期の短縮とエ費の縮減のためトンネルエ事を避け「割山」という山を断ら切って線路を敷設するという工法をとり、常時数百人の土工夫による人海戦術で工事を進めていました。その労働者のほとんどが「タコ」と言われる人々で、
 連日過酷な労働を強いられて、逃走を企てる者あれば捕らえてリンチを加え、半身不随にしたまま放置したり、まれに山中に逃げ込めた者も、食べる物もなく、激しい飢餓に陥り死亡するなど、悲惨な状況のもとエ事が行われました。
  小利別駅開業後は、豊かな森林資源を背景に木材の輸送も盛んになり、木材はこの小利別の他、置戸や陸別から貨物列車に積み込まれ、釧路まで運ばれたのち船で本州や外国へと輸出されていました。
  初代駅長は笹森彦十郎氏、以下10名の駅員が開業時に配置されています。また、乗降客も開業から飛躍的に増え、大正13年の乗降客数は、乗車が22,229人、降車が21.413人という記録が残されています。
 小利別駅は、釧路・北見国境の勾配路線の拠点駅であったため、蒸気機関車は峠越えのため給水するなどで停車することが多<、網走線では運転上最も重要な駅として栄えました。
   小利別駅は現在無人駅ですが、昭和61年11月まで駅員配置駅で、上下列車の交換も行われており、既にレールは撤去されていますが、ホームから線路に向かって立つと左側に華に埋もれた2番ホームが残されています。また、昭和61年2月には、駅舎の屋根から壁に水をかけて駅舎を丸ごと凍らせた事もあり、当時話題となりました。
※小利別市街について
  現在の小利別は廃屋ばかりが建ら並び、まさにゴーストタウンさながらの趣を呈しておりますが、町史(出典・陸別町史)によると、小利別地区はこの網走緑の開業によって急速に発展し、大正時代 をピークにして、豊かな森林資源を背景に造材関係書を中心に続々と入植が進められ、最盛期には人口が2千人を数えるまでになりました。本通りには商店や食堂、旅館などがが多数建ち並ぶようにな
 り、昭和36年には「小利別農業協同組合」(S41年陸別農協と合併~解散)も設立されるに至っており、まさに「小利別を語らずして陸別を語れず」と言われるほどの輝かしい歴史があります。
※訪問者の皆様へ
  小利別の栄華衰退を見つめ続けてきたかつての旧駅舎は、銀河線開業2年目の平成2年に取り壊され現在の駅舎は天窓の付いたとてもかわいらしい姿に変わりました。ここに来られた皆様には、廃墟の中にぽつんと立つ現代的な駅舎に違和感を感じるかも知れませんが、年月か経つにつれ、上利別の風景にすっかりとけ込んでいることが感じられます。
  明治の末から今日まで、100年近<の歴史を刻んできた「ふるさと銀河線」の廃線まで、残すところあと僅かとなりましたが、皆様方にはこの素晴らしい駅舎を心ゆ<まで堪能して頂きだく希望します。また、駅だけでな<、かつて市街地であった駅周辺も是非散策して、往事の賑わいと、入植者 が抱いたいた夢とロマンに思いを馳せて頂けたなら幸いと存じます。

                 

by naru-tsuu | 2006-01-10 14:37 | ふるさと銀河線 各駅停車


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