成と艶の北海道道中記

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2005年 12月 08日

根室本線バイパス計画 足寄駅

戦後の鉄道輸送が交通手段の中心であった頃、根室本線も道東と道央圏、道外を結ぶ幹線鉄路でした。まだ道路網の整備や自動車産業の発達が充分でない頃のことです。現在では考えられないほど不自由な環境で皆生活していました。当時こんな計画が浮上したということは、当時根室線の運行がダイヤ編成の限界に近かったのでしょうか?SL時代は、貨客列車、延々と貨車を引く貨物列車が見慣れた光景でした。貨物輸送の緩和化のために計画されたようなバイパス案は、新得(根室線)-士幌(士幌線)-足寄(池北線)-白糠(根室線)というものでした。現在の道路整備と同じようにあのころは鉄道網の整備は国家事業でした。交通事情の変化で計画が実現しないまま、国鉄の民営化鉄路の廃線が進んでいきました。そんな中での白糠線について書いてみたいと思います。
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白糠線の最終計画全長は、おおよそ76k です。白糠線は当初上茶路炭鉱の石炭と後背山林からの木材の搬出を目的とした産業鉄道として計画されたようです。
1964(s39)年10月 白糠ー上茶路間が開通。
1972(s47)年8月 上茶路ー北進(二股)間開通。白糠ー北進間33.1Km
1969(s44)年7月、足寄町までの延伸計画を受けて、足寄側から着工する。
しかし、1970年には上茶路炭鉱は閉山してしまい、人口の減少などで赤字線の上位リストに載るようになり地元では足寄までの延伸による存続を期待していました。全線が開通した時の駅名を記しておくと、白糠ー上白糠ー茶路ー縫別ー上茶路ー下北進ー北進ー鯉方ー茂螺湾ー螺湾ー中足寄ー足寄となります。
未成線区間は足寄駅より4.2Km竣工していましたが、赤字ローカル線のトップをきって1983(s58)年10月23日廃線となってしまいました。白糠からの線路跡の橋梁などはR392沿いにおおく壊されずに今も残っています。しかし足寄側はわずかな遺構がありますが、興味の無い方には気付く事も難しいかな。数年前に鉄道用地と思われるところに沢山の測量見出しが立てられていましたので、足寄ー螺湾方面は払い下げが完了しているかもしれません。
白糠線についてのリンク記事
付け加えるならば、主要道道143北見白糠線の上螺湾ー右股間も新設道路の凍結が決まっています。ここが工事の難所であることと、R274の整備と高速道東道本別ー釧路線の着工が要因でしょう。高速道はR392で縫別付近を横切りR240釧路空港北側へと繋がるようです。
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by naru-tsuu | 2005-12-08 13:50 | ふるさと銀河線 各駅停車


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